横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)991号 判決 1985年4月25日
原告 南善男
右訴訟代理人弁護士 杉原尚五
同 須々木永一
同 杉原光昭
被告 国
右代表者法務大臣 嶋崎均
右指定代理人 遠藤きみ
<ほか三名>
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、昭和五九年五月一三日から別紙執行事件一覧表記載の一ないし六の強制執行事件の終了に至るまで、一箇月金二〇万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨の判決及び原告の請求が認容され仮執行宣言が付される場合は担保を条件とする仮執行免脱宣言。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本訴提起に至る経緯
(一) 原告は別紙物件目録記載一の土地(以下本件土地という)の所有者である。
(二) 本件土地上には別紙物件目録記載二の建物(以下本件建物という)が存在している。
(三) 原告は、昭和五七年六月一七日横浜地方裁判所に対し、株式会社垣内襖製作所(以下垣内襖製作所という)及び垣内善章を債務者として、本件建物につき占有移転禁止等仮処分申請(昭和五七年(ヨ)第八〇三号)を行い、同裁判所は右申請に基づき昭和五七年六月二三日左記の仮処分決定をなした。
記
「債務者垣内襖製作所の本件建物に対する占有を解いて、横浜地方裁判所執行官にその保管を命ずる。
執行官は債務者垣内襖製作所にその使用を許さなければならない。ただし、この場合においては、執行官はその保管にかかることを公示するため適当の方法をとるべく、債務者垣内襖製作所はこの占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。
債務者垣内善章は、本件建物について譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。」
(四) 原告は、右仮処分決定に基づき、昭和五七年六月二八日同裁判所執行官に対し、垣内襖製作所に対する占有移転禁止の仮処分執行の申立(昭和五七年執(ハ)第二五三号)をなし、同裁判所執行官乙山春夫は、右申立に基づき同月三〇日本件執行現場に赴き、本件建物の占有関係を調査し、本件建物のうち、付属建物符号1、2の建物及び符号3の建物の一階部分は垣内襖製作所が単独にて占有していると認めたものの、主たる建物及び付属建物符号3の建物の二階部分及び4の建物は垣内襖製作所と訴外石井明との共同占有であると認定した上右石井明の占有部分を除いて右仮処分本旨の執行を行なった。
(五) そこで原告は、昭和五七年七月一三日同裁判所に対し、右石井明を債務者として、付属建物符号1を除く本件建物につき占有移転禁止の仮処分(昭和五七年(ヨ)第九三五号)を申請し、同裁判所は右申請に基づき昭和五七年七月一六日左記の仮処分決定をなした。
記
「債務者石井明の、本件建物のうち主たる建物及び付属建物符号2ないし4の建物に対する占有を解いて、横浜地方裁判所執行官にその保管を命ずる。
執行官は債務者石井明にその使用を許さなければならない。ただし、この場合においては執行官はその保管にかかることを公示するため適当の方法をとるべく、債務者石井明はこの占有を他人に移転しまたは占有名義を変更してはならない。」
(六)(1) 原告は、右仮処分決定に基づき、同日同裁判所執行官に対し、石井明に対する右仮処分の執行を申立て(昭和五七年執(ハ)第二七〇号)、
(2) 同裁判所執行官乙山春夫(以下乙山執行官という)は、右申立に基づき、昭和五七年七月二四日、仮処分物件の占有関係を再び調査し、付属建物符号1を除く本件建物は先に執行済みの垣内襖製作所と石井明との共同占有と認定のうえ、石井明に対する仮処分本旨の執行をした。
(七) 原告は、昭和五七年七月三〇日同裁判所に対し、被告は垣内善章、垣内襖製作所及び石井明とする建物収去土地明渡等請求の訴(昭和五七年(ワ)第一九八六号)を提起し、同裁判所は昭和五七年一一月二六日右被告らのうち垣内善章及び垣内襖製作所に対し、左記主文の判決を言い渡した。
記
「被告垣内善章は原告に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ昭和五七年八月二四日から右明渡済に至るまで一箇月金二〇万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。被告垣内襖製作所は原告に対し、本件建物から退去して本件土地を明渡せ。訴訟費用は被告らの負担とする。この判決は仮に執行することができる。」
また右事件につき原告と石井明との間では、昭和五七年一一月二六日左記条項で裁判上の和解が成立した。
記
「被告石井明は原告に対し、本件土地、建物(但し、付属建物符号1の建物を除く)について、被告に何等の権利のないことを確認する。原告は被告に対し、右建物の明渡しを昭和五八年三月三一日迄猶予することとし、被告は同日限り同建物から退去して本件土地を明渡す。被告が右期限に一項記載の建物から退去して土地を明渡さなかったときは、被告は原告に対し昭和五八年四月一日以降明渡しに至る迄一日につき一万円の割合による使用損料を直ちに支払う。原告はその余の請求を放棄する。訴訟費用は各自弁とする。」
(八) 原告は前項記載の判決の執行力ある正本及び訴訟上の和解の執行力ある調書正本に基づき、昭和五八年九月一九日同裁判所執行官に対し、左の執行を申立てた。
(1) 垣内善章に対する強制執行
イ 本件建物の収去(昭和五八年(執ロ)第二五九号)
ロ 本件土地の明渡(同第二六〇号)
(2) 垣内襖製作所に対する強制執行
イ 本件建物からの退去(同第二六一号)
ロ 本件土地の明渡(同第二六二号)
(3) 石井明に対する強制執行
イ 付属建物符号1の建物を除く本件建物からの退去(同第二六三号)
ロ 本件土地の明渡(同第二六四号)
(九)(1) 右各執行事件は同裁判所執行官甲野太郎(以下甲野執行官という)が担当し、同執行官は昭和五八年一〇月七日執行現場に赴いて、原告代理人事務所の事務員毛塚磐夫、株式会社デコール(以下デコールという)及び石和建設株式会社(以下石和建設という)の代理人と称する星野正弘(デコールの取締役)、石井明らと出会った。
(2) その際右星野は、甲野執行官に対して売買契約書や領収証等を示し、
「本件建物の占有関係については、主たる建物は石和建設が、符号1の建物はデコールが、符号2及び4の建物は石和建設とデコールが、符号3の建物のうち一階部分はデコールが、二階部分は石和建設が各占有使用している。右占有の経過については、昭和五六年八月二〇日ころ星野東装株式会社(以下星野東装という)が本件建物を垣内襖製作所から買い受け、そのころ石和建設及びデコールが星野東装から賃借して占有し、その後昭和五七年三月一日ころデコールが星野東装から本件建物を買い受けた。」
旨述べた。
(3) そこで甲野執行官は、本件各建物内の備品等を調査した上で、本件建物はデコールと石和建設とで占有しているものと認定し、原告の申立てた前記各執行は不能としてこれを行わなかった。
(4) なおその際、甲野執行官は右毛塚事務員に対し、占有関係が変化しているので承継執行文をもらって執行の申立を考えたらどうかと述べた。
(一〇) 原告代理人は、昭和五八年一〇月二二日同裁判所執行官に対し、現実の占有者に対し承継執行文を得るため前記各執行事件につき提出済の債務名義を仮還付願いたい旨の申請書を提出し、同日債務名義の仮還付を受けた。
(一一) そして右同日、原告代理人は同裁判所に対し、前記占有者に対する承継執行文付与の申請をなしたが、同裁判所第四民事部書記官斉藤弘は、民事執行法二七条二項の要件を具備しないとして、昭和五九年三月六日右申請につき拒絶処分をし、同日原告代理人に対しその旨告知した。
(一二) 原告は、昭和五九年三月二一日、先に仮還付を受けた債務名義を執行官に返還した後、同月二二日、原告代理人名で執行官に対し、前記各執行事件は昭和五八年一〇月七日執行不能として処理されているが執行不能とすべき理由がないから執行の続行を求める旨記載した執行続行申請書を提出した。しかるに、執行官はいまだに執行をしていない。そこで原告は本訴を提起することとした。
2 被告の責任
(一) 執行官は国家賠償法一条一項にいう国の公権力の行使に当る公務員である。
(二) 係争物たる建物の占有解除仮処分決定は、執行官に対し、当該建物に対する債務者の占有を解除し執行官に於てこれを保管すべきことを命令するものである。
(三) したがって執行官は、
(1) 仮処分執行後、当該建物に第三者が入ったことを知った時は、この第三者を排除すべきであり、
(2) 本執行着手前の点検の際、右第三者による占有を発見した時にもこれを排除すべき職務がある
というべきであって、そのように解さないとすれば執行不能の結果を招くなど執行妨害を容認する結果となる。
(四) よって、
(1) 乙山執行官が、本件仮処分の執行後、本件建物にデコール及び石和建設が入ったことに気付かないままこれを放置し、
(2) 甲野執行官が、本執行着手に先立つ点検の際、本件建物にデコール及び石和建設が入っていることを認めながら、これを排除しないままに放置し
た執行官の各所為は国家賠償法一条一項にいう職務を行うについての過失による違法な行為に該当するというべきである。
3 損害
原告は、執行官の右違法行為により本件土地の使用ができず、本件土地の賃料(一箇月金二〇万五〇〇〇円を下らない)相当の損害を被っている。
4 よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、本訴状送達の日の翌日である昭和五九年五月一三日から別紙執行事件一覧表記載の一ないし六の執行事件の終了に至るまで、一箇月金二〇万五〇〇〇円の割合による金員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1の(一)及び(二)の各事実は不知。その余の同1の事実はいずれも認める。
2 同2の(一)、(二)の事実は認める。同2の(三)、(四)は争う。すなわち、本件は、原告が本件建物につき、垣内襖製作所及び石井明を債務者として、いわゆる執行官保管、占有移転禁止仮処分を執行した後に、占有の移転が行われたものと認められる事案であるところ、かかる場合に本案勝訴の債務者に対する債務名義により承継執行文の付与を受けることなく現在の占有者に対する排除の執行をすることができるかについては、消極説が通説であり、実務もこれによっているのであって、甲野執行官の行った執行不処分は十分理由があるものである。
一般に、ある特定の法律問題について甲・乙両説があり、従前の実務の取扱いが甲説であったような場合には、公務員が甲説の立場で行為した後、裁判所が乙説を正当と考えて、右公務員の行為を客観的に違法と判断したとしても、右公務員がその行為当時甲説の立場で行動したのはやむを得ないというべきであって、当該公務員に過失があったとはいえないというべきであるから、本件においても、仮に、万一、前記法律問題については、積極説を正当と認められたとしても、執行官に過失があったということはできない。よって、前記法律問題について積極、消極いずれの見解が正当かという点を議論するまでもなく、本訴請求は理由がない。
3 同3の事実は不知。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の(一)及び(二)の各事実は《証拠省略》によってこれを認めることができ、その余の同1の事実はいずれも当事者間に争いがない。
右事実関係によれば、本件は、いわゆる占有移転禁止(執行官保管、債務者使用)の仮処分の執行後、債権者たる原告が本案訴訟において勝訴判決を得、若しくは和解が成立し、その勝訴判決及び和解調書の執行力ある正本をもって仮処分債務者に対し執行をしようとしたところ、右執行債務者のほかに、目的不動産を現実に占有している第三者がいたというのであるが、このような場合、原告が右第三者の占有を排除するためにどのような手続によるべきであるかについては種種の見解があり、原告の主張するように仮処分自体の効力として執行官は実力をもって第三者を退去させうるとし、また本案に関して債務名義を得た場合には、その債務名義をもって当然に第三者を退去させうるとの見解があり、これに従った実務例も認められるところである。
しかし、右見解に対しては、これを消極に解する見解があり、実務上も消極に解して運用されている例が多いことは当裁判所に明らかなところである。
ところで、執行官は、独立した司法機関として、所属する地方裁判所から一般的な指導監督を受けるほかは、申立てを受けた事務について、自らの判断において、独立してその職務を執行すべきものであり、その事務の処理に当たり、法律の解釈、適用について判断を必要とする場合においても同様であって、その結果生じた執行官の処分または遅怠に不服のある当事者は、法定の手続に従って不服を申立て、是正を求めるべきもので、当該執行官が、職務の執行に当たってなした法律の解釈、適用が、殊更に違法、不当な意図のもとになされたなど、執行すべき職務権限の趣旨に反すると認められる特段の事情の認められるほかは、右法律の解釈、適用の誤りを理由として国家賠償法に基づく損害賠償を請求することはできないものというべきである。
本件において、甲野執行官がなした執行処分(不作為)について、前示のような特段の事情があったことについては何ら主張、立証がなく、甲野執行官がその処分の前提として採った消極説の見解が何ら特異なものでないことも前判示のとおりである。
してみると、甲野執行官のなした処分(不作為)を違法とする原告の主張は理由がない。
次に、乙山執行官が、デコール及び石和建設が本件建物の占有を開始したことに気付かずこれを放置したことを責任原因として主張する点についてみるに、原告の右主張は、執行官が、第三者の占有している事実を発見したときは、執行官において速やかにこれを排除すべきであることを前提とするものであるところ、右排除をしないことをもって違法となし得ないこと甲野執行官の処分について既に判示のとおりであって右主張もまた理由がない。
二 以上によれば、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川上正俊 裁判官 上原裕之 裁判官荒木弘之は転補のため署名、押印することができない。裁判長裁判官 川上正俊)
<以下省略>